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久田恵:『ニッポン貧困最前線』(文藝春秋) [ebook]

「生活保護」をGoogleニュースで検索すると、その総額の増加、不正受給問題、そして生活保護を受けることなく亡くなった方の悲報などの検索結果が出てくる。

一方で、「働かざるもの喰うべからず」という考え方や、生活保護にフリーライドしているのではないかというある種の怨嗟がネット上では渦巻いているように思う。そんな状況を理解するために本書を手に取ったのだった。


内容(「BOOK」データベースより
政府の締めつけとマスコミによる福祉たたきの狭間で、貧困層と直接向き合ってきたケースワーカーたち。福祉事務所で働く彼らの悩み、怒り、喜びを通して、過剰な期待と誤解を受けてきた生活保護制度の実情を明らかにする。未曾有の発展をとげた戦後日本の「見えない貧困」を描き出した衝撃のルポルタージュ。

第一部は何人かのケースワーカーの群像とその仕事の内容について描くもの、第二部は「札幌・女性餓死事件」についての著者のルポルタージュ、そして第三部は北九州の地方都市の受給率の高さの経緯について記述したもの。

印象深いのは、ケースワーカーという職種で、一般に公務員という仕事に抱くイメージとは異なるものだということだった。特に精神的なきつさと、それをおしても職務遂行する人々には頭が下がるものがある。本書の単行本は1994年に刊行されているから、それ以降の社会・経済環境の激しい変化は、より彼らの職務を困難なものにしているにちがいない。

ここ数ヶ月の中でも、餓死事件の報道は相次いでいて、例によって「生活保護の相談に行ったが」というような言葉が枕詞のように付言されている。平たく言ってしまえば、「行政に落ち度はなかったのか」ということを言いたいんだろう。でも、行政を叩くことによって得られるメリットはなんだろうか。福祉行政のモチベーションを下げるだけじゃないのか、とそんなことを思わせる。

また、第三部で描かれる石炭から石油資源への移行に伴い、仕事を失ってしまった鉱夫たちが生活保護に縋ったという事実には考えさせられる。努力して仕事を見つければいいじゃないか、という声ももっともだし、保護に頼りっぱなしの依存体質ができてしまったということも事実だ。

しかしながら、地域の経済問題や教育水準から容易に就労機会がつくれないということもあるだろう。極端な話、当方だっていつそういった状況に追い込まれるかわからないのだから。ひとつ言えそうなのは、保護を受ける方の多くが、家族であるとか地域であるとかのコミュニティから分断されてしまったということだろう。 孤独であることが最大のリスクである時代なのだな。


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幸村誠:『プラネテス』(講談社) [ebook]

この季節は出かけるのが億劫になるので、土曜日は休養も兼ね一日部屋でのんびりすることが多い。洗濯や掃除を済ませてコーヒーを飲んでいると、そういえばeBookJapanで購入した本作をまだ読んでいなかったことに気づく。

SONYのタブレット端末でダウンロード状況をあらわすプログレスバーが伸長していくのを見ると、デジタルデバイスの液晶画面でコミックを読むようになるなんて、いつのまにか未来に生きているんだな、と不思議な感慨に襲われる。

そのくせ、煎餅布団に寝ていたり相変わらず朝食はチーズトーストと目玉焼きだったりするところは昭和のころの少年時代(当方にも少年時代はあったのだ!)と変わらない。劇的には変化しない。未来は少しずつ・いつのまにか変わっていくということなんだな、と思う。


出版社/著者からの内容紹介
SFニュースタンダード登場!!
400万年を経て人は地上より飛び立った
この宙(そら)は人の強さを試す

と、惹句にあるようなSFっぽさを期待すると少し違うと思う。宇宙空間を舞台にした人間ドラマ、あるいはビルドゥングス・ロマンといった風情か。いちばん最初のエピソードで、一話完結タイプの人情話かと思いきや、途中から作者のイマジネーションが膨らんだろうな。

したがって、全四巻のマンガという構成にしてはバランスが悪い。あきらかに破綻していると思うぞ。そもそもが、2ちゃんまとめサイトで「5巻ぐらいで完結するおもしろいマンガはないか」というエントリで発見したものだけど、これは完結しているのか、と思わせるくらいのもの。

でもね、なぜかそれが不快ではないのだ。それは、作者のスタンスが、いろいろひっくるめて人間っていいもんじゃないか、と言っているように思えるから。人間のいろいろな感情がぶっこまれていて、読むものはそこに自分と同じような想いがみつけられるにちがいない。作中で引用されている宮沢賢治の詩が読みたくなる、そんな作品だった。


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山崎寿人:『年収100万円の豊かな節約生活』(文藝春秋) [ebook]

年収100万円の豊かな節約生活

年収100万円の豊かな節約生活


165 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2012/02/07(火) 21:32:28.10 ID:MyingYRV
年収800万超えたあたりから寿司が止まって見えるらしい

このツィートに吹いた

年収800万はともかくとして、配偶者と盛岡の寿司屋のカウンター席に座ったときは感慨深いものがあった。お財布ののなかみを気にせずに食べられるというのは、エポックメイキングなことだったのだ。

そういえば、夢枕獏が売れっ子作家になって良かったこととして「財布の中身を気にせずに焼肉が食べられるようになったこと」といってたよなあ。


出版社サイトより
20年間働かず月3万円で暮らす男の不思議な日常 東大を卒業して超有名企業に就職するも5年で退職。以来20年間定職に就かず、工夫を重ねて貧乏を極楽に換えた男の生活の智恵。

当方にとっては衝撃的な一冊。なぜかといえば、それだけが目的ではないにせよ、止まって見える寿司を食べることが目標の一つであった会社員生活の根底を揺るがすものがあったから。お金を気にせずに食べられるということは、実はお金を気にして食べているということなんだな、と。

著者のすごいところは、お金が「なければないでもやっていく」という精神の強靭さにあると思う。このあたりは「なければないでもなんとかなるさ」という楽天的な考え方とはまったくちがうものだ。単に流されるだけなのではなく、貧乏に積極的に相対する、というスタンス。

そこには、一定程度に長期的視野を持ち、手持ちのリソースを最適に配分するという冷静な知性がある。だから、仮に同様に年収100万が入ってくるような立場にあったとしても、当方をはじめとした凡人は決して真似できないだろう。

それでもね、たとえ収入が大幅に減ったとしても、知恵と工夫とチャレンジする精神とまめまめしく動くことができるなら、なんとかやっていけるかもしれないという、(本来の意味ではないかもしれないけれど)勇気を与えてくれる一冊と思う。


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輪島裕介:『創られた「日本の心」神話』(光文社) [ebook]


内容(「BOOKデータベースより)
「演歌は日本の心」と聞いて、疑問に思う人は少ないだろう。落語や歌舞伎同様、近代化以前から受け継がれてきたものと認識されているかもしれない。ところが、それがたかだか四〇年程度の歴史しかない、ごく新しいものだとしたら? 本書では、明治の自由民権運動の中で現われ、昭和初期に衰退した「演歌」―当時は「歌による演説」を意味していた―が、一九六〇年代後半に別な文脈で復興し、やがて「真正な日本の文化」とみなされるようになった過程と意味を、膨大な資料と具体例によって論じる。いったい誰が、どういう目的で、「演歌」を創ったのか。

新書なら三時間あれば読み切る、と思っている当方が、本書には四日間もかけてしまった。それぐらい、新書というパッケージにしてはめずらしい読み応えがある作品だ。

さて、梗概にあるように、本書のテーマは「演歌」とその享受史を中心にした大衆文化論といっていい。そもそも「演歌」とは、現在つかわれている用法とは異なり、自由民権運動と同時期に発生した「演説を題材にした歌」という(当方にとっては)意外なトリヴィアから語り始められる。

その後、演歌がいわゆる「日本の心」を象徴すようになった経緯をひもといていく。また、そこに至るまでの戦後の「レコード歌謡」の変遷が語られたうえで、それらに我々が漠然と抱いている印象を一変させるという離れ業を演じている。

実は、演歌の正体は何か、ということよりも、そのレコード歌謡変遷史のほうがおもしろく思えたのだった。一例を挙げれば、藤圭子のプロモーション方法が、後のアイドルのそれの原型になっているなどの指摘には驚かされる。

もっと驚いたのは、著者が当方より年下の1974年生まれであること。本書で語られる歌手やその曲などを、全盛期にリアルタイムに聴いているのではないだろうが、その時代における位置づけを丁寧に解説してくれる手腕は見事。

惜しむらくは、読みやすい文章にも関わらずワンセンテンスが長めの傾向があるので、ときどき主旨を見失ってしまうというところか。それにしてもね、著者の筆によるアイドルの享受史なんてものを読んでみたくなってしまう、それくらいスリリングな書物であることはまちがいない。今後のさらなる活躍に期待。


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歌野晶午:『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝春秋) [ebook]

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

  • 作者: 歌野 晶午
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 文庫

著者の作品は初読、と書き始めて確認したら『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んでいるジャマイカ! このところの記憶の衰えについては散々グチっているが、ここまでとは、暗澹たる気分も一入(ひとしおと読むのだよ)だ。そのくせ、子どもの時分のこっぱずかしいような出来事のあれやこれやは鮮明に覚えていたりするのだから困ったものである。

外見ばかりおじさん大人になっていくというのに、中身は幼稚園や小学校のころとそうたいして変わっていないような気がしてきた。いくつになろうと、人間の根本のところは変わらないのだな、きっと。たぶん、60歳くらいになっても外見はともかく中身は変わっていないにちがいない。


内容(「BOOKデータベースより)
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。

さて、本書は主人公一人称"俺"の性行為のシーンから始まる。なかなか意表をつく出だしだ。以降、ライトなハードボイルドもしくは青春ミステリといった趣きで物語は進行していく。アクの強さは感じられるもののなかなかのリーダビリティである。

メインのストーリーが語られる一方、主人公が過去に遭遇した事件の記述があったりで、いわゆる入れ子構造を持つ実験的メタ探偵小説とも読める。で、読了すると、なんというか、うーん…なんもいえねえ…。これだけ奥歯に物が挟まったような言い方をしているので察してください。

あ、愚作という意味ではないよ。なにしろ、推理作家協会賞をはじめとした各賞を総なめにした作品ですから。もし、お読みになっていない方で、本書を手に取ろうという方はできるだけ先入観なく読み始めてもらいたい。そういう意味だ。

感想を一言だけ申し添えておくと、物語の仕掛やタイトルに著者のメッセージが有機的に結びついていることがすばらしく、ちょっとした感動を覚えた。そう、本書は意外に爽やかな小説なのだ。


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福田栄一:『狩眼』(講談社) [ebook]

狩眼 (講談社ノベルス)

狩眼 (講談社ノベルス)


内容(「BOOKデータベースより)
多摩川河川敷で、野田という医師の両眼が刳り抜かれた死体が発見された。事件から二週間経っても、所轄の南多摩署の刑事課は有力な情報も得られず、捜査は行き詰まる。そんな中、若手刑事の伊瀬は上司の水野から、突如別の任務を与えられた。それは、警視庁本部からきた戸垣巡査部長と組んだ、独自の“調査”だった。異常犯vs.若手&ベテラン刑事との攻防戦。

従来まで当方が読んできた著者の作品は青春小説が主流。もちろん、出版社から想像されるような、ミステリとの境界線上にある『 エンド・クレジットに最適な夏 』のような作品もあったが。ところが本書は"講談社ノベルズ"というレーベルや上記の梗概のとおり、サイコキラーもの、且つ泥臭い警察小説の側面を持ち合わせているガチガチのミステリである。

読み始めると、著者の作品らしく登場人物たちの人間像が相変わらずうまく描かれている。安定した公務員の一職種として警察官という職業を選びながら、仕事にのめりこんでいく若手刑事の伊瀬の目を通して物語は進む。伊勢は敬愛する上司から押し付けられたかたちで警視庁の戸垣と捜査を共にする。その戸垣は組織で動くことが当然の警察組織にありながら独自の単独捜査を行う異端の人物だった…。

いわば映画のバディもののような構図だが、ふつうと少し違うのが、その戸垣が作中で相棒である伊瀬とほとんどしゃべらないこと。著者が意識してそんな描き方をしたのかはわからないが妙に新鮮さを感じてしまった。また、戸垣のエキセントリックな雰囲気や行動はオーギュスト・デュパンから連綿と続く"名探偵"のDNAを受け継いでいる人物像のように思える。最後まで読むと、その性格付けには現代的な意匠もこらされていることがわかるのだが。

それではキャラクタのおもしろさだけで読ませる小説なのかといえばそんなことはない。ミステリとしてのプロットもしっかり練られていて、読者に対するひっかけもあったりでかなり巧い。なんだか、久しぶりに"推理小説"を読んだ気がする。もちろん、ネタバレになるので詳細については本書を読んで確認していただきたい。

それにしても、著者は職人気質の面のある作家で当方が好むところなのだが、当方が好む作家はだいたいが好調なセールスを記録していないであろうと思われる場合が多い。著者の作品も、日々、刊行される新刊書籍に押し流されてしまうには惜しいものが多いから、もっと注目されていいと思う。


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鬼頭莫宏:『ぼくらの[1]~[7]』(小学館) [ebook]

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

今のところ、SONYタブレットの主な使い道は、(1)寝転がってwebブラウジングすること、(2)機器そのものをいじくること、(3)電子書籍端末として使用すること、の三つである。三つ目に挙げた電子書籍端末としての用途だが、光沢処理された液晶画面で文字を読む趣味はないので、もっぱらコミックを読むのみである。

とはいっても、SONYのReader Storeはいまだサービスインしていないので、現状では"eBook Japan"を利用している。このeBook Japanは、サイトだけみているとなんだかごちゃごちゃしていて胡乱な雰囲気だが、個人的には優れものと感じている。

まず、専用ソフトウェアをダウンロードし導入することが必要となってくる。専用ということで好悪が分かれるところだが、Win版をはじめとしてMac・iPad・iPhone/iPod touch・Android・Windows Mobile版など一通りのOS/デバイスに対応しているのが良いところ。

そして、その基本的な考え方は、専用ソフトウェアを使用して同社サイト上に置いてある書籍データを諸デバイスにダウンロードし閲覧する、というものだ。うん、わかりにくいね、すまない。言い換えれば、ネットに接続できる専用ソフトに対応したデバイスがあればローカルストレージを圧迫しない、ということである(うわ、ますますわかりにくい)。

もう一回言い直すと、現在主流のOSや機器の隔てなく読むことができ、ファイルは自分のために区画されたネット上のディスクから必要に応じてダウンロード/アップロードすればやり取りが容易かつデバイスの記憶容量を圧迫しないで済む、ということである。おわかりいただけたであろうか、ぜえぜえ。

その、必要に応じてダウンロードできるデバイスは三台しか登録できないのだが、機器そのものに依存するのではなく、ユーザIDとパスワードで制御できる。最近、某電子書籍販売サイトが著作権保護のために使い勝手が悪くなったことに比べると優れた仕組みだと思う。

もちろん、そのネット上のストレージ領域がどのぐらいgoing concernであるかが重要なところではあるが、それを言い始めたらキリがない。運営会社の会社案内における主要株主にはベンチャーキャピタルらしき会社が名を連ねているが、一方で印刷会社・出版社・通信エンジニアリング系の法人の名前もあり、そう簡単にはデフォ…げほげほ


あらすじ
夏休み、過疎地の村へ“自然学校”にやってきた少年少女15人。1週間が経ったある日、海辺の洞窟へ探検に入った一同は、その奥にコンピューターを持ち込んで住んでいた謎の男・ココペリと出会う。彼は自分が作ったゲームをやらないかと誘い、宇白可奈を除く14人の中学1年生が同意して契約を結ぶ。半信半疑で宿舎に戻った一同だったが、その日の夕刻、大きな物音と共に巨大ロボットが現れて…。

さて、本作はそんな電子書籍端末としてのSONYタブレットで読んだ初の電子書籍(コミック)。それにしてもね、いやはや相当に鬱な内容である。愉しいという感覚だけ一気にで読める代物ではなく、休み休み読んでいかないと相当にキテしまう。そのくらい重いテーマを扱っているということだ。

いろいろと言いたいことはあるのだが、ほんのちょっとした事前の知識が内容・展開の意外性を阻害する可能性が大きいので、口を噤んでおくことにしよう。紙の本では完結しているが、電子書籍版は全11巻のうち7巻までしか販売されていないこともあるし。

で、その7巻目読了時点での充実度は相当に高い。単純なロボットバトルマンガを想定していると痛い目にあうということだけは間違いなしの作品ではある。

敢えて付言するならば、汎用人型決戦兵器の出てくるアニメーション からの影響はやはりあるであろうということ(だから悪いということではないです、念のため)。一方、最近流行ったぬいぐるみ型の生物が契約を勧誘するアニメーションへの影響も大きいと見受けられる。


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樋口有介:『ピース』(中央公論新社) [ebook]

ピース (中公文庫)

ピース (中公文庫)

盛岡に行ったときに、駅ビルの本屋さんでやたらと本書を推しているのが目に付いた。ご覧のように装画が少し不気味で、POPには確か「意外な結末」的なことがかかれてあったように思う。

その後も少し気になっていたので、出版社のサイトを覘くとなんと出版社の文庫のランキング・ナンバーワンになっているではないか。単行本が刊行されたのが2006年、文庫版が2009年だからえらく遅咲きのベストセラーだ。 出版社か本屋さんかどちらかわからないが、売り手の仕掛けでもまだまだこれだけ売れるんだね。

一方で、冒頭に掲げたAmazonのリンクから跳んでもらうとわかるように、カスタマーズレビュー(以下CR)での本書の評価はあまりよろしくない…いや、有体に言えば酷評されている。これだけ、販売の好調ぶりと評価が乖離しているのはとても興味深い。こりゃあ、自分の目で確かめなければなるまいという酔狂な理由でダウンロード購入したのだった。

ちなみに、本書の文庫版は税込720円。電子書籍版は同525円だから定価の約73%で購入できたので、酷い内容でもショックは二割強は減殺されるはず(笑)。ちなみに、著者の名前は当然知っていたけれど、本書が初読である。これを書いているのは未読状況なのだが、はてさて、どうなることやら。


内容(「BOOKデータベースより)
埼玉県北西部の田舎町。元警察官のマスターと寡黙な青年が切り盛りするスナック「ラザロ」の周辺で、ひと月に二度もバラバラ殺人事件が発生した。被害者は歯科医とラザロの女性ピアニストだと判明するが、捜査は難航し、三人目の犠牲者が。県警ベテラン刑事は被害者の右手にある特徴を発見するが…。

ということで読了したのだが、意外や意外、当方はすんなりと愉しめてしまった。

まず、秩父近辺という、首都圏にありながらそのどん詰まりにある田舎町(失礼)を描く筆が達者であること。こんな町には住みたくないという気を起こさせるくらい、著者の視線はシニカルだ。また、限界集落などという言葉をはるかに上回るような、ほとんど廃村に住む老人の描写などもすばらしい。

次に、その町のスナックに集う人々をはじめとした人間描写が巧い。スナックで厨房を切り盛りする寡黙な青年や地元紙の女記者など、登場人物の誰しもが心にわだかまりを持っていて、それを淡々と感情移入なく描く筆致は容赦ない。

そしてこれは当方の印象に過ぎないが、全編に流れる不協和音というか可聴域下の重低音というか、 つまりは読者を不安にさせる雰囲気をかもし出す手腕がこれまた凄い。その雰囲気で読み進めるのが苦痛かといえばそんなことはなく、飄々とした老刑事を登場させることでバランスをとっているようにも見受けられる。

読み始めたらとまらないとまでは言わないが、それに近い状況で読了した本書がなぜAmazoneのCRであれほど酷評されているのか、当方なりに考えてみた。結論だけ申し上げれば、売り手の惹句と読者の期待にギャップがあったといえる。どんなギャップかというと、ネタバレせずには説明できないので、これから本書を読まれようとする方は続きを読まれないほうがいいと思います。

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デビッド・カークパトリック:『フェイスブック 若き天才の野望』( [ebook]

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

  • 作者: デビッド・カークパトリック
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2011/01/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

当方はこういった趣味の持ち主だから、Twitterやmixiのアカウントがある。Twitterアカウントは@ojizousama、mixiは地蔵あたりで検索されるとよろしいかと思う。いずれも放置中なのだが…。

もちろん、と言ってはなんだがフェイスブックのアカウントも持っている。これまた放置中であったのだが、最近になってある日突然に幼稚園からの友人の友達申請があり驚愕したのだった。彼は海外に赴任中なのだが、よくもまあ見つけられちまったものだと思う。

思い返せば、その友人は大学を卒業しての就職直後に長野県の松本市に赴任し、出発の際は御尊父と随行してお見送りに行ったという記憶がある。その当時は、「ああ、遠くに行っちまうんだなあ」と思ったものだ。

それがどうだ。20世紀末から20年も経つと、海を隔てているというのに、ネットを通じて互いの存在を確認できるようになるのだ。うむ、長生きはするものだ。ちなみに赴任先は、本書によれば日本と中国と同等にフェイスブックのユーザーが少ない国である。


内容(「BOOKデータベースより)
ユーザー数が5億人を超え、会社の時価総額が2兆円を超え、グーグルを驚かす存在となった巨人、フェイスブック。同社を率いるマスコミ嫌いのCEO、マーク・ザッカーバーグからの信頼を勝ち得た元フォーチューン誌のベテラン記者が、徹底取材からフェイスブックの真実を初めて明かす。

そもそもはSONYのReader Storeからダウンロードした際には、読むかどうかわからないが安いから買っておこうと思った本書だが、冒頭のような経緯があったので興味を持ち読み始めたところ、なかなかこれがおもしろく読めたのだった。

どこがどうおもしろいのかということは、あとがきや解説を読んでもらえればいい。特に巻末の小林弘人氏の解説は手堅く纏まっており、迷っている人は本屋さんで立ち読みして購入なり図書館で借りるなりを決めたらいいと思う。

とはいえ気になるのは、この本全体がフェイスブックのプロパガンダなのではないかということだが、淡々とした筆致からだろうか、そのあたりの胡散臭さは少なくとも当方には感じられなかった。当方が鈍感だけなのかもしれないけれど。そうそう、テクニカルな面でいえば、原文もそうなのかもしれないが、歯切れ良くセンテンスの短い文章の翻訳は好もしく思う。

ありゃ、感想にもなっていない文章になってしまっているなあ。せっかくなので当方が発見した(?)ことを申し述べておこう。以前にエントリした『グーグル秘録』でもそうだったが、これらの企業の創業者(たち)は大学の寮で「まったく新しい何か」を生み出したということ。

当方の仮住まいは国立大学の近くにあり、その寮のひとつが近隣にあるのだが、最近になって建て替えられたそれは瀟洒なワンルームマンションのようなもの。Googleのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、そして本書のマーク・ザッカーバーグが住んだ寮がどのようなものだったかは知らないが、少なくともルームメイトの居る二人部屋だったように見受けられる。

そんな寮の共同生活が米国の今日を代表する企業の創業者を産みだしたことについては、起業家精神というものとなにか影響があったのではないかと思える。いや、もちろん関係ないのかもしれないけど。それでもね、同じ釜の飯を食い起居をともにする寮という存在が、日本のそれとどう違うのか、あるいは同じようなものなのかには興味が湧いてきてしまったのだった


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道尾秀介:『カササギたちの四季』(光文社) [ebook]

カササギたちの四季

カササギたちの四季

本書は紙と電子それぞれの媒体が同時発売。うれしいじゃないですか、自宅に居ながらにして本が手に入るなんて。電子書籍端末を購入したときは、好きな作家の作品は紙、ビジネス書などは電子書籍ということになるだろうと予測していたのだが、結局、置き場所の問題を考えるとデータで、ということになっちまうのだ。


内容(「BOOK」データベースより)
開店して2年。店員は2人。「リサイクルショップ・カササギ」は、赤字経営を2年継続中の、ちいさな店だ。店長の華沙々木は、謎めいた事件があると、商売そっちのけで首を突っ込みたがるし、副店長の日暮は、売り物にならないようなガラクタを高く買い取らされてばかり。でも、しょっちゅう入り浸っている中学生の菜美は、居心地がいいのか、なかなか帰ろうとしない―。

さて、久々に著者の作品を読むことになった。実は『 カラスの親指 』以降の作品はすべてを購入して手元にあるのだが、まったく読んでいない。なんだかね、読み始めると、初手から登場人物たちが辿るであろう苛酷な運命が予感できてしまい、手が出せないのだ。精神状態がかなり強まっていないとムリ、という感じ。

そんな当方にも、梗概を読む限りでは比較的に読みやすいのではと思い購入(ダウンロード)。結論から申し述べると、精神的に負担の少ない作品だったが、比例してこれまで読んだものに比べるとアクが少ない、というか、はっきり言っちゃうと物足りなさは感じた。

タイトルの通り、四季毎に「リサイクルショップ・カササギ」の2人と中学生の女子が巻き込まれる「日常の謎」テーマの事件が連作形式で描かれる。これもはっきり書いちゃ打っちゃうと、描かれる事件の謎などのオドロキ度合いは低いといわざるをえない。探偵役(?)の華沙々木の探偵らしいエクセントリックさはあまり感じられないし。

ここ2年ほど著者の作品を読んでいなかったのだが、著者はミステリという枠にとらわれずに書きたいものを書くという志向が強まってきていると聞いている。実際、本書も広義の大衆小説(もちろん非常に良い意味でだよ)という側面が大きい。ミステリというジャンルを期待して読むと、それは期待のしどころが違うということなんだろう。

とはいえ、久しぶりに読むと著者のテイストはそこかしこにあり、たとえば「疑似家族」とか「共同体の絆」というテーマが読み取れるこの連作を読むと、なんだか懐かしく思えるのも事実。初期の「ミステリ」作品を期待するとスカされるが、著者の「小説」が好きな人は言われなくても手に取るだろう、そんな一冊だ。


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夢野久作:『ドグラ・マグラ』(青空文庫) [ebook]

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 ドグラ・マグラ (青空文庫)                                 作者:夢野久作                                             出版社/メーカー:青空文庫                                      発売日:-/-                                                メディア電子書籍(pdf

まずは書誌的なことからご紹介しよう。今回、青空文庫の底本となったのは筑摩書房の『 夢野久作全集〈9〉 』だ。そして出版までの経緯については、いつものことながらwikipediaからの孫引きを記述しておく(太文字部分がwikipediaからの引用部分)。

1935年(昭和10年)1月、松柏館書店より書下し作品として刊行された」作品で、構想・執筆に10年以上の歳月をかけ」たとのこと。基となったのは「作家として作品を発表し始めた頃に書き始められた、精神病者に関する小説『狂人の開放治療』」で、本書を世に問うた翌年に著者は逝去したとのことだ。著者の略歴については、それこそググっていただいたうえでwikipediaなりを参照していただきたい。※wikipediaでは上記のように『狂人の開放治療』と表記されているが、実際には「解放治療」ではないかと推測される。

さて、75年前に出版された作品が、21世紀の最初の10年紀を過ぎた今でも文庫で読めるということ、そしておそらくは売れ続けているであろうことには驚嘆させられる。そんな作品を読み終わったとき、どんな感想を抱くのかが我ながら興味深いと思うのだった。

まず、記憶喪失の語り手が目覚めるというシーンから物語が始まる。そういったオープニング自体がすでに消費され尽くしてしまった現在、冒頭の驚きは残念ながら少なかった。とはいえ、記憶喪失の人物を主人公にした小説が1935年以前にあったかさだかではないので、本書が出版された当時の読者には新鮮なものであったのかもしれない。※1935年以前に書かれた小説でそういう題材のモノがあったらご指摘ください。

そして、「心理遺伝」や「骨相学」など、現代ではいわゆるトンデモ科学に類されるものが描かれていることを、どのように解釈すればいいのか戸惑ってしまった。大真面目に登場人物に語らせたのか、それともそれらの思想に対する皮肉なのか。当方はなんとなく前者のような気がする。そこにも違和感ありだった。

なので、そういった題材が奇想小説の由来かと思いきやさにあらず。実は、主人公が精神病理学者の遺した書類を読み始めてから、本書はメタフィクションの様相を帯びてくる。すなわち、論文や警察の調書・新聞記事などが一人称の語り手の目を通して読者に提出されるのだ。

就中(なかんずく、と読むのだよ)、ある登場人物の先祖について擬古文調で語られるくだりや、そのまた先祖の始皇帝の時代の中国における物語が語られるところなど、小説内伝奇小説といった風情がある。そこかしこにコメディの雰囲気もあり、なんだか大真面目に冗談を言われているような気がする。そう、奇想小説というよりは実験小説と思えるのだ。

そして、何より素晴らしいのはその文章のテンポの良さ・心地よさだ。なんというのかね、落語とか講談とか真面目に聴いたことはないけれど、あの日本語の感覚に近いと感じられた。著者は謡曲喜多流の教授をしていたことがあるらしいから、そのあたりの影響もあるにちがいない。

と思ったのが中盤終了までで、それ以降はネタバレとなりそうだから詳述は控えておこう。読み終えてみると、なるほど三大奇書といわれるのが不思議じゃない迷宮感覚に襲われる。電子書籍リーダでpdfの1,000ページを読み終えて感じたのは、いろんな小説形式やアイデアのごった煮という感があるが、そのなかに得も言われぬ秩序があるのが不思議な小説、ということだった。どっとはらい。


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堂場瞬一:『蝕罪―警視庁失踪課・高城賢吾』(中央公論社) [ebook]

蝕罪―警視庁失踪課・高城賢吾 (中公文庫)

蝕罪―警視庁失踪課・高城賢吾 (中公文庫)


内容(「BOOKデータベースより)
行方不明者を捜す専門部署として、警視庁に設立された失踪人捜査課―実態は厄介者が寄せ集められたお荷物部署。ある事件により全てを失い酒浸りになった刑事・高城賢吾が配属される。着任早々、結婚を間近に控え、なぜか失踪した青年の事件が持ちこまれるが…。待望の新シリーズ、書き下ろしで登場。


5冊目の電子書籍読了作品は堂場瞬一の警察小説シリーズ第一作。文庫売場では何度も見かけてはいたが、どことなく食指が動かなかったのだが、作家生活10年目ということで、ここは読んでみるか、という気になったのだった。

結論から申し述べると、娯楽小説としての水準の高さを充分に堪能できる一冊だ。とにかく、読み始めるとなかなか止まらない。枠組みは「かつて名刑事としてならした主人公がとあることをきっかけに酒浸りになったが、環境の変化と仲間たちの助けで自身の再生を賭け捜査に情熱をそそぐ」という、良くも悪くもテンプレ通りのもの。

そういう意味では、トラウマを抱えているはずの主人公にそれほどの屈折がみられないことや、充分に社会性のあることは瑕疵かもしれない。上司や同僚・部下に対して、どんな状況でも「ああいえばこういう」タイプであるのも、なんかね、たくましすぎるんじゃないのか、という感じだ。とはいえ、そんな主人公だからこそ陰々滅々とした雰囲気を感じさせずに読み進められたと言うことも事実。

ミステリ部分では、失踪した人物の生死やその理由が終盤になってもわからないということで、読者の興味を牽引していくという構成力の確かさがある。ただ気になったのは、捜査が展開するきっかけに偶然を多用しているところ。あきらかにご都合主義となってしまっているところだ。

あと、主人公の人柄ゆえかもしれないが、警察組織内部であれだけの協力者ができるのかどうかということ。こればっかりは警察官になったことがないからわからないけどね。警察官にもいろいろな人がいるんだろう、ということにしておくか。

シリーズは既に第五作目まで刊行されている。電子書籍版も同様。主人公を取り囲む失踪課の面々の人となりが詳しく語られていくのは次巻以降だと推測しているので、とりあえず 第二作目は購入することにしよう。細かい点で気になることはあるのだが、何しろ冒頭にも申し上げたようにおもしろいことには間違いないのだから。


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東川篤哉:『もう誘拐なんてしない』(文藝春秋) [ebook]

もう誘拐なんてしない (文春文庫)

もう誘拐なんてしない (文春文庫)

山口県に旅行に行ったことがある。ほぼ何の予備知識もなく、だ。秋芳洞・萩と周り、翌日はとりあえず福岡に渡ると言う程度の予定で動いた。宿泊後の朝、新山口駅から電車に乗り発作的に下関で下車したのは、確か水族館があるとわかったからだった。

そして、そのとき初めて知ったのが「厳流島」が下関にあると言うことだった。いや、まったく以て恥ずかしい限りだ。もちろん島には渡航し、他にも唐戸市場で寿司などを食した後、船にて関門海峡を渡ったのだった。後で知って悔やんだのは関門トンネルがどうやら徒歩でも通行できるらしいということ。うーむ、歩いておけば良かったなあ。

なんでそんな話をしているかというと、本書が下関と門司を舞台にしているから。同地には上記のような思い出があるから、なんとなくね、懐かしさを覚えたのだった


内容(「BOOKデータベースより)
大学夏休み、先輩の手伝いで福岡県の門司でたこ焼き屋台のバイトをしていた樽井翔太郎は、ひょんなことからセーラー服の美少女、花園絵里香をヤクザ二人組から助け出してしまう。もしかして、これは恋の始まり!? いえいえ彼女は組長の娘。関門海峡を舞台に繰り広げられる青春コメディ&本格ミステリの傑作。

都合4冊目の電子書籍での読了作品はユーモアミステリ(ギャグミステリ?)とあいなる。狂言誘拐というテーマを著者がどのように料理するかを期待しながら読む。基本的にはライトノベルタッチ(あまり読んだことはないが)のキャラクタやプロットといえる。だから、人は死なないのかなと読み進めていくと、いきなり主要登場人物が殺人事件に遭遇したりする。

一方で、狂言誘拐の片棒を担ぐことになった主人公の青年はあくまで脳天気で、殺人も含めたかなり深刻な状況に巻き込まれているにも関わらず、最後までオフビートだったりするのがリアリティを云々する以前に不条理小説っぽい印象だ。読了すると、そのチグハグさに今一つ納得がいかないと言うことは正直に申し上げたい。もちろん、本書は一種のファンタシィであって、そういったリアリティを求めるべきものではないのだが。

それでもね、読んでいる間の愉しさは充分にあった言えるし、ページを捲る液晶画面を擦る手はなかなか止められないストーリーテリングもある。著者の作品はまだ2作しか読んだことはないが、ギャグのキレはこれまででもっとも良かった。ミステリに鹿爪らしいものを求めないタイプの読者にはお奨めして問題ないかな、と思ったのだった。


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カーマイン・ガロ:『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』(日経BP社) [ebook]

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則

のっけから既報の新聞記事の引用で恐縮だが、下記記事をご覧いただきたい。

上記を受けてのニューヨーク株式市場の同社の株価は▲6.5%下落したとのことだから、氏の影響力は計り知れないものがあると言っていいだろう。氏の評伝である下掲の書籍も読んだが、とてつもないカリスマ性を持った人物であると思う。

でもね、上記をを読んで思ったのは、こういう人物が上司なり会社の代表者であったりしたらイヤかもしれないということ。というか、たぶんダメだろう。魅力的だけどイヤなやつという感じがするのだ。


内容(「BOOK」データベースより)
聴衆を魅了し続ける世界一の経営者。iPhone、iPad、iPodを成功に導いたプレゼンの極意を解き明かす。

本書はSONYの電子書籍リーダー"Reader"発売時のローンチタイトルで、期間限定の980円で購入。そして、同機で読んだ3冊目の書籍。実は読了した2冊目の『 これからの「正義」の話をしよう 』は後半以降の難解さでレビューは自粛してしまった。

内容は乱暴に要約すると、同氏のプレゼンテーションを分解し個々の要素が聴く人にどのような影響力を与えるかを分析するというもの。なるほど、個々の要素の分析については肯けるところは非常に多い。例を挙げるときりがないが、たとえば「台本を棒読みするのではなく、練習の積み重ねで自然に話し聴衆とアイコンタクトしなければ伝わりにくい」などというところは大いに同意できる。

だからといって、個々の要素をすべて体得したとしても、同氏のようなプレゼンテーションができるはずがないだろうということも明らかな事実には違いない。これらの要素を総合する力が必要だということだ。結局、その総合力が天分とか才能と言われるものだろうと思う。

じゃあ、当方のような凡人に役立たないかといえばそうでもなく、ここは自分でも応用できるだろうというポイントをひとつずつでも身につけることによって技術を磨くということに有効といえる。全部を一気にではなく、身の丈にあった部分から取り込むには充分に参考できると思う。読みやすくわかりやすい書籍だけに、プレゼンに自信のない若い(若くなくても良いんだけど)人にはお奨めして良い一冊だろう。


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山田正紀:『日曜日には鼠(ラット)を殺せ』(祥伝社) [ebook]

日曜日には鼠(ラット)を殺せ (祥伝社文庫)

日曜日には鼠(ラット)を殺せ (祥伝社文庫)

先日購入したSONYのPRS-350で初めて読んだ電子書籍ということになる。著者のファンである当方ならではの選択だ。これも先日のエントリで申し述べたのだが、このファイルが本機で読めるかどうかはよくわからなかったのでホッとしたのだった。

PCは別として、専用の読書用端末で本を読むのは初めての体験。どのように感じたかといえば、ほとんど違和感はなかったということ。ほんの少し感じたのは、寝っ転がって読むと画面が暗いことくらいか。紙の本では感じないのに、そのあたりがE-Inkの特性なのかね。ライト付きブックカバーを買って良かったと思った次第。


内容(「BOOKデータベースより)
「この門をくぐる者、すべての希望を捨てよ!」21世紀型最新鋭の恐怖政治国家。その統首の誕生パーティが始まり、政治犯が檻から解き放たれた。1時間以内に恐怖城から脱出できたら特赦が下りるのだ。元公安刑事、テロリスト、主婦、ニュースキャスターなど8人の男女が鼠のように追い詰められる、究極バトル・レースの火蓋が切って落とされた。

当方はまったく知らなかったのだけど、『日曜日には鼠を殺せ』というタイトルは1964年に制作された映画で、フレッド・ジンネマン監督・グレゴリー・ペック主演のもの。と思ったら、その映画にも原作があり、エメリック・プレスバーガーという脚本家・映画製作者が書いたもの。そのプレスバーガーという人はマイケル・パウエルという人とコンビを組んで「パウエル=プレスバーガー」による共同製作・監督・脚本で知られている(らしい)。

その映画は未見なのでどのような関係があるのかはわからないが、本書の内容についていえば至って著者らしい作品といえる。基本的には絶体絶命の窮地に陥った人々が、ミッションインポッシブル的な知力と体力と特殊能力を使ってそこから脱出しようとするもの。

ただ本作では、梗概を読んでいただければおわかりのように、その窮地や人間の配置からして死亡フラグが見え見えなところがあるのでスッキリ爽快というわけにはいかない。しかも長めの短編、というか中編小説が一冊の本になっているような体裁だから物足りないとは言える。

でもね、実は見逃していた作品だし、こうやって電子書籍を探していなかったら手に取らなかったかもしれないと思うと、それはそれで縁があるのかもしれない。当方としては、非常によい意味での暇つぶしにはもってこいの作品であったといっておこう。


日曜日には鼠を殺せ [DVD]

日曜日には鼠を殺せ [DVD]

  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • メディア: DVD

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佐々木俊尚:『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー・トゥエンティワン) [ebook]

電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)

電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)


いま評判のブログに「たぬきちの「リストラなう」日記」がある。読んでいると、どこの会社でもたいへんなんだな、ということがわかる。そして少し変わっているのは、書き手が大手の出版社に勤めているということ。そのへんの内情も仄見えたりする。

本が好きで出版業界にある程度くわしい人なら、その出版社が、遠野あたりに住み着くキュウリが好きな想像上の妖怪をトレードマークにしている会社だということは推測できよう(実際にそうなのかはわからないが)。


内容(「BOOKデータベースより)
『2011年 新聞テレビ消滅』!? では、本はどうなる!? キンドルに続き、アップルiPad登場。それは、本の世界の何を変えるのか?電子書籍先進国アメリカの現況から、日本の現在の出版流通の課題まで、気鋭のジャーナリストが今を斬り、未来を描く。


本書は冒頭のリンクをクリックしていただければおわかりのように未発売の書籍だ。なんで発売前なのにエントリしてるいるのかといえば、発売前のキャンペーン価格で110円で販売されている電子書籍を購入したからだ。

そして、初めての電子書籍はどうだったのか、というのが本エントリの主題だ。その意義や衝撃については、前述のたぬきちさんのエントリをお読みになっていただきたい。

まず、本書を読むには株式会社ボイジャー社の"T-Time"というソフトが必要になってくる。対応OSはWin,Mac,Pocket PC,そして懐かしやPalm OSだ。くわしくは同社のサイトにて確認してほしい。

当方はWindows版をインストールすることにした。 インターフェースはシンプルで、起動には少しばかりもたつくかなという感覚はあるが特に問題なし。気になったのはノンブルがなく、自分がどのあたりのページを読んでいるのかわからないこと。いや、よく調べれば表示機能はあるのかもしれないが。

ノンブルに代わるものとして、表示画面の下方にインジケータがあり、それにより今どのあたりを読んでいるのかを確認することができる。言葉ではうまく表現できないのでスクリーンショットを撮ろうかと思ったら、おそらく著作権保護機能のためだろう、それはできなかった。

本書に関して言えば、横書きでレイアウトされていて、それ自体に読みにくさがなかったのは意外だ。12インチXGAのノートPCの画面で読む限りでは文字は小さいとは思わなかった。このあたりは、手持ちのPocket PCでWVGA画面での快適性はどうか確認せねばなるまい。

そう、少なくとも当方は当初に感じていたほど、PCの画面で本を読むという行為に違和感を感じなかった。わかりやすく言うと、内田樹氏のブログや小田嶋隆のコラムをweb上で読むのとそうかわりないということだ。

そこには、改行の間隔とか文字の大きさ・稠密性なども関わってくるだろうから技術的な問題ともいえるだろう。実はいちばんのファクターはリーダビリティということかもしれない。いかにサクサク読める文章か、ということだ。そういう意味では本書の著者の文章は読みやすくわかりやすい。

たとえば、非常に難解な海外文学を電子書籍というフォーマットで読むかというと、当方について言えば、現段階ではないだろうといえる。そう、本書がそうであるように、新書あたりのヴォリュームや内容が電子書籍にぴったりなのではないか、という印象を持ったのだ。実際、その良否はともかく、現在の新書はコンテンポラリなテーマをわかりやすい語り口で読ませるというのがウリになっていると思うから。

もし、新書が電子書籍化され、それがリーズナブルな価格で販売されたとしたら、当方はそちらを購入するようになると思う。もちろん、一部の”本”として所有しておきたいモノをのぞいて。もちろん、それは個人的な感覚なのだが。

内容について少しは触れておかねばならないか。序盤での、米国における電子書籍の市場確保に躍起になるプレーヤーたちの争いは仄聞していたが、Amazonでは電子書籍出版をプロ・アマ問わず請け負っているという事実が興味深い。webにおけるプロ・アマのシームレス化がさらに進んでいるようだ。

そんな先進的な米国の出版事情に比べ、我が国の出版業界の旧弊さに対して著者は怒るというより呆れかえっているようだ。たとえば「本のニセ金化」なんて現象を記述しているが、普通の出版社だったらこんな文章を許さないだろうという気はする。本書の出版社は本屋さんと直接取引が主なようだから許されるんだろう。

取次(=出版販売会社,本の問屋さん)に対する批判も相当に激しく、当方の愛する山本夏彦翁の「取次には本を見る目がない」との言葉を借り、現在の出版流通の構造的課題を浮き彫りにしている。インディーズ系の出版社じゃないと、なかなかこういうこともいえないんだろう。

総じてわかりやすくおもしろいと感じたが、この本を1,150円で購入していたら、もう少し違った読後感になったかもしれない。

そんなわけで、本書の電子書籍版のキャンペーン価格は14日までのようなので、気になる人は購入してみてはいかがだろう。なにしろ、本で買ったら価格は10倍するんだから。


◎関連エントリ
 ・クリス・アンダーソン:『フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(日本放送出版協会)
 ・内田和成:『異業種競争戦略』(日本経済新聞出版社)


◎併せて読みたい
 ・小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句
  iPadは、本棚なきコトバダイバーたちを生む


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