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ジャック・ヒギンズ:『鷲は舞い降りた』(早川書房) [book]

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

文芸学部国文科を卒業したくせに、基礎的な読書をしていないことに羞恥を覚えるときがある。夏目漱石は中学時代の読書感想文のために読んだ『こころ』くらいだし、森鴎外や太宰治なぞ読んだことがない。好きなはずのミステリやSFも同様。ミステリではクリスティやクロフツ・江戸川乱歩、SFではハインライン(『夏への扉』さえも!)や小松左京などが未読という体たらくだ。

本書についても、冒険小説は好きなジャンルなのに読む機会がなかった(正確には同じ著者の『脱出航路』や『ヴァルハラ最終指令』は読んでいるのだが)。いまさら何故にというのは、それはつまりは最近の小説がおもしろく感じられなくなってきているから。もちろん、当方が悪ズレしてきているということはあるだろう。けれど、当方が少年から青年時代にかけて読んだ小説は、なんだかもっとコクがあったような気がするのだ。

もちろん、それは気のせいかもしれない。テクニックとか情報などは、むしろ現代の小説のほうが優れているようにも思える。しかし、そそろそいい年になってきたこともあるし、残りの人生に読む本の三分の一くらいは名作といわれる小説を読むのもいいかもしれないと一念発起したのだった。


内容(「BOOK」データベースより)
鷲は舞い降りた! ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった! イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…。使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説―その初版時に削除されていたエピソードを補完した決定版。

著者のジャック・ヒギンズの出世作であり代表作であるとともに、冒険小説の金字塔と言われている作品。ところがどっこい、読了して感じたのは「これは冒険小説ではないな」というもの。別にくさしているわけではない。いくつか気になる点を除いては充分に愉しめるエンタテイメント作品には違いない。

冒頭では、梗概にあるノーフォークの寒村に別の取材で訪れた著者本人が語り部として登場、そして登場人物たちのその後を語るエピローグ部分にも再登場する。入れ子構造によるメタフィクショナルな効果を期待して、などというものではなく、「虚実皮膜」のありえたかもしれない歴史を描くフェイク・ドキュメンタリを志向してのことだろう。

うーむ、これって シャルル・ドゴールを暗殺しようとする殺し屋の物語 と相似形にあるよなあ。同書が1970年の出版だから、幾分かの影響があるだろうと推測してしまった。あ、フレデリック・フォーサイスも読んだことがなかった…。

閑話休題。上記のように感じたもうひとつの要因は、ケイパー(強奪)小説を思わせる徹底した準備が描写されること。アドルフ・ヒトラーが気まぐれに発した言葉を端緒に、首相誘拐の可能性を展く情報を入手した軍情報部のマックス・ラードル中佐が、その可能性を実現させるための仲間集めをするのが序盤。

彼らに協力するアイルランド独立を目指す闘士リーアム・デヴリンが、先遣された英国で隠密裏に下準備をするのが中盤ということで、「鷲が舞い降りる」のは文庫の本文594ページのうち423ページまで読み進めてからのこと。ちなみに着地の様子が描かれなかったのは本書でもっとも残念な部分。

現代の冒険小説と比べたら呆れるほどの展開の遅さだ。だが、繰り返しになるが本書は冒険小説ではないのだからこれでいい。本書は戦争という状況に否応なく押し流される人々の群像を描いた小説だと思うからだ。主要登場人物たちに共通した状況は、シュタイナ中佐の以下の科白に集約されている。


「(前略)おれたちはみんな、同じ暗い路地にいて、出口を探し求めているのだ」

(170ページ)

戦傷で余命いくばくもない作戦指揮者の独軍情報部のラードル中佐、ユダヤ人女性を助けたことで懲罰部隊送りにされていた独落下傘部隊長シュタイナ中佐、大英帝国に憎悪をたぎらせるボーア人の老婦人ジョウアナ・グレイなど、他にも描かれる人物たちの背負うものは重い。そして彼らが、失った家族、父や妻子を思う等身大の人物として描かれていることに本書の手柄があるのだ。


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