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「いすみ鉄道公募社長奮闘記」講演会に行ってきた [a day in the life]

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都営新宿線沿線には十年近く住んでいるから、降車したことのない駅はだんだん少なくなってきているが、篠崎駅に初めて降り立つことになった。数年前に再開発(?)され、駅ビルに図書館が開設されたなどは聞いていたが、積極的に降りる用事は取り立ててなかった。

その篠崎文化プラザの三階の広めの会議室的な場所がタイトルにある講演会の会場だった。聴講者たちは年齢層が比較的高めだった。当方と同年代は意外に少なかったという印象だ。

さて、弊ブログをお読みになっている方はご存じの通り、当方は軽度の乗鉄である。ローカル線にはロマンを感じてしまう方だ。 房総半島の向こう側にあるローカル鉄道の社長に公募で就任したという人物の講演だから聴かずにおくか、という気概で向かったのだった。

結論から申し述べると、非常に愉しい講演だった。隣で聴いていた配偶者も愉しんでいたようだ。以下に覚え書き程度に概要を書き記しておくが、同社社長の鳥塚亮氏の見事な語り口は聴いたものにしかわからないことだけは言っておこう。

  • いま、第三セクターによって経営されているローカル線は国鉄民営化の際に切り捨てられた赤字路線が多い。いすみ鉄道の前身であった木原線も、全国83路線の不必要な赤字路線としてピックアップされたもののひとつ。
  • 廃止されそうになった北海道の赤字路線沿線のある首長が、当時の運輸省に陳情に行くと「飛行機に乗って東京に来たのだろう。赤字路線を廃止するなというのに電車に乗ってこないとはどういうことか」などと指摘された時代だ。
  • 鉄道には地域輸送・都心輸送・都市間輸送などそれぞれの役割があり、運輸省の言い草はいささか暴論ではある。
  • しかし、当時の首都圏における通勤地獄は苛烈であり、これら黒字路線が地方のローカル線の赤字を補填しているという意識が醸成されてしまった。
  • 結果として沿線住民は、ローカル線は「乗って残さなければならない」という呪縛に捕らわれてしまった。
  • 鳥塚社が長就任しての方針の一つは「乗って残そう」はやめよう、というものだったという。なぜなら、地元の人が乗ってもたかがしれているから。ではどのようにしたら残せるのか。
  • 氏はいすみ鉄道をブランド化しようという戦略をとることにする。首都圏人口3,000万人のうち1%の人に訴求できればいいではないか、と考えるのだ。
  • そして、キーワードは「何もないがあります」というもの。そのために氏がとった施策は・・・

と、ここまでが講演の内容の三分の一くらい。その後、有名なムーミン電車や旧国鉄のディーゼル車の導入、そして駅弁や物販の拡販などが語られた。

帰ってから同社のサイトを確認すると、いまだに営業・経常赤字となってはいるが、売上高は2011年3月末決算では前年比158.1%と大幅増としている。氏をはじめとした社員の営業努力の成果といえるだろう。

とはいえ終盤で氏が漏らした「ローカル線それ自体はその使命を終えている」という言葉は印象的だった。モータリゼーションや人口減少による、地域輸送手段としての鉄道の終焉。それは鉄道ファンである氏自身が痛感しているのかもしれない。


 
いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略

いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略


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